LOVE & HATE
なぜ人は人を憎むのか
なぜ人は人を愛するのか
わたしは多分、その気持ちをあまり理解してないんだと思う。
わたしには嫌いな人がいない。
そしてあまり人から嫌われるタイプでもない。
これは別に自慢ではない。
人を嫌いになれない事、それはつまり、人を心から愛せないのと同じだ。
わたしはこの世のLOVEとHATEは常に釣り合っていると考えている。
好きな人がいる人は嫌いな人もいる。
誰かを心から愛していれば、愛する人を傷つける者を嫌うのも当然だ。
よく、大切な人を守る為にとか、守るべきもののために生きるとか、そういった曲とか詞を目にする。
わたしはそういう言葉が好きではない。
共感できない。
誰かを守る。それはすなわち、誰かを敵にする事。
わたしは、友達を傷つける人がいたとしても、その人を憎むことが出来ない。
だから友達も、大切な人も、できない。
誰も嫌いになれないし、誰も心からは愛せない。
それと同時に、誰からも特に嫌われないという事は誰からも特に愛されていないのと同じ。
もしかしたらわたしがあまりディスを受けないだけで心の中で凄く嫌ってる人もいるかもしれない。もしそういう人がいたとすれば、申し訳ないのと同時にそれはそれで幸せなのだが。
皆、何故かわたしに優しい。
優しさはよそよそしさと比例する。
わたし自身、他人に対してそう接するからであろう。
別に嫌なわけではない。わたしはそれに凄く感謝している。その関係で十分満足している。
だから逆に、距離を縮めようとする人を反射的に離そうとしてしまったり、そうすることで嫌われてると思わせてしまったりする。
ごめんなさい、わたしはこういう人間なんだ。
わたしが学生の頃、通信簿によく書かれていたのは、明るい、笑顔が多い、友達想い、優しい。基本この4点。
前半2つは普段のネット上のわたしからはあまり想像されにくいと思うが、実際友達は多い方であったし、人を笑わせるのも得意だった。
その代わり、わたしはそういう自分をあまり好きではない。
人といる時の自分が好きじゃないのだ。
人といると、自然と自分は笑顔を作るし、明るい人間を演じようとする。実際楽しいから笑ってしまうんだけど、楽しいと大事なものを見失いそうで怖いんだ。
人といる時はいわゆる躁状態である事が多い。わたしはどちらかと言えば暗い人間だし1人でいる時の方が自分らしく自由にいられる。
逆に後半2つはわたしが唯一自分の中で自信をもてている部分だ。
優しさは自分の誇りであるしそれだけは何があっても忘れないようにしていたいとずっと思ってる。
高校の頃、カウンセリングの先生に"こんなに優しい人は初めて出会った"って言ってもらえた事があって、その言葉はずーっと胸にあるし、本当に嬉しかったし、優しさこそがわたしの取り柄なのではって思えた。
優しさを誇りに生きてきたら、今のわたしが出来たのだ。
誰も嫌わない、愛せない、愛されない代わりに、憎まれない。
もしかして、わたしになら、世界の全ての人達に均等な愛を与えられるのではないか
そう、最近思った。
誰かを愛してしまったら、きっと誰かを傷つけてしまう。
誰か特定の人に心からの愛を誓わない代わりに、愛に飢えている人に愛を与えられる。
単刀直入に言おう。
わたしは神になりたい。(大真面目)
世界中の人々に、均等に愛を与える聖人君子でいたい。
誰からも愛されない覚悟はできている。
友達がいなくてもずっと1人でもいい。
わたしは幸せになれなくてもいい。
誰かを救うこと、それがわたしの生きる理由であり幸せだから、そうやって生きていたい。
ただ1つ、誰からも愛してもらってないと言いつつ、逃れられない愛がある。
それが両親だ。
両親からはちゃんとたんまり愛情を貰ってしまっている。
愛されれば憎まれる。
代償は、自分自身だと思う。
両親から愛されてる代わり、自分自身が自分の事を憎んでいる。
わたしは愛を信じられない人間であるが故に、愛されているから信用出来ない。
それは両親であっても同じ。
いつか自分の事を憎まなくなったら、両親の事も信じられるのかもしれないな。
とにかく両親から甘やかされてる今は何も出来ない。
1人旅にでも出てみようか。
世界中を回って、色んな人と関わって、色んな人の話を聞いて、そうやって生きていくのも悪くないよね。
まぁお金がないので現実的ではないけど。
うん、神になるにはお金が必要らしい。
とりあえず、お金をどうするか考えよう。笑